京都 高瀬川沿い史跡6 武市瑞山と吉村寅太郎の寓居跡
幕末に活躍した志士:武市瑞山(半平太)と吉村寅太郎の寓居跡を紹介します。
武市瑞山6と吉村寅太郎7
京都市中京区木屋町通三条上る東側
武市瑞山寓居跡
半平太とも言い、1860年に土佐勤王党を結成して、尊王攘夷に導きました。藩主:山内容堂が土佐勤王党を粛清したため投獄され、1865(慶応元)年に切腹しました。(享年37歳)
吉村寅太郎寓居跡
武市瑞山の隣に住んでいました
土佐の庄屋の生まれで、武市半平太に影響され、尊譲倒幕活動に加わりました。1863年大和国(奈良県)で天誅組を組織して倒幕の兵を立ち上げましたが、幕府軍の攻撃を受けて戦死しました。(享年27歳)
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吉村寅太郎墓(霊山護国神社墓)
天誅組合祀墓(てんちゅうぐみごうしぼ)
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コメント
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シネマさん
訪問とコメントありがとうございました。
幕末の志士たちは、世を変えると意気込んでいました。
それだけに歳は若いです。
龍馬も慎太郎も若くて亡くなりました。
合掌。
投稿: ラメール | 2018.09.06 12:34
37歳って一番いいときなのに、残念ですね!
投稿: シネマ大好き娘 | 2018.09.06 02:07