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2018.08.17

京都 高瀬川沿い史跡3 木戸・幾松隠れ家跡

高瀬川沿いにある明治維新関連の史跡を北から南に紹介しています。

前回に続いて木戸孝允そして恋人の幾松の記事です。

桂小五郎といった長州藩士時代、芸者だった幾松と親しくなり、長州藩屋敷の近くの幾松の寓居に住んでいました。

木戸・幾松の隠れ家(4)
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桂小五郎・幾松寓居跡
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ビルの裏側に寓居だった建物が残っています。
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料理屋さんになっています
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幾松と桂小五郎
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木戸孝允雅号松菊の由来(クリック拡大)
木戸は、中国の詩人:陶淵明(とうえんめい)を尊敬しており、彼の詩の中の「帰去来の辞」の一節から木戸の屋号「松菊」をつけました。
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桂と幾松が住んでいた部屋
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桂が新選組に追われた時に幾松がこの長持ちの中に桂を隠しました
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寓居は、料理屋さんになっています
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幾松は、木戸と結婚して松子となり、木戸が亡くなると剃髪して京都に住みました。44歳で亡くなりました

護国神社にある木戸・松子の墓
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(クリック拡大)
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コメント

めりいさん
訪問とコメントありがとうございました。

現在の幾松は、通りに面していますが、桂小五郎が

新選組などに追われていたころの幾松の住家は、

長州藩邸近くの細い路地を入った奥まったところに

あったのでしょう。

龍馬の恋人:お龍さんの住家も土佐藩邸の

近くにありました。

桂も龍馬もお茶屋での合コンで知り合ったのでしょう。

木戸孝允と幾松、龍馬とお龍、
この二組のラブストーリーは、明治維新に花を添える物語ですね。
永遠に語り継がれる事になるでしょう。

幾松の部屋は歴史を物語る部屋だから、これからも保存して欲しいですね。

幾松ランチ、なかなか入れない所でした。

高瀬川沿いの史跡紹介記事を書く発端になりました。

木戸邸などは、ツアーでは連れていってくれません。

なかなか次の記事と進みませんが、少し涼しくなってきたので

近日中にアップします。

おお~あの日の記憶が蘇ってきました!
前々から入りたかった幾松。
皆さんと一緒だったからこそ実現した豪華ランチ&見学でした(#^.^#)
またこのような企画をしたいですね!

シネマさん
訪問とコメントありがとうございました。

反対派からの追及を逃れるため、幾松さんが助けた。
それだけの人だから愛し続けられたのでしょう。

龍馬夫人も龍馬を命がけで助けました。
幕末には、そんな女性おおくいたのでしょう。

生涯一人の人を愛したんですね~

りっぱすぎ~~~~!

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