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2017.09.12

大河ドラマ井伊直虎の史跡(6)    地域センター 二股城

直虎が活躍した井伊谷の中心部の地図です

東西約900m、南北約1000mの範囲内に直虎関連の史跡があります。

直虎は、この範囲内で活躍しました。

 

(直虎パンフレットより)

 

 

地域遺産センター

開館記念特別展「戦国の井伊谷」やジオラマ「井伊谷戦国絵巻」を開催中です

 

直虎のサインのある書類
今川氏の関口氏と連著で徳政令を命ずる内容が書かれています。次郎直虎のサインがある唯一の書類です。

 

幼少期の直虎の許嫁:直親が吹いていた笛



二宮神社
井伊郷を納めていた三宅氏が、その祖神である多道間守を祀った神社だという。
後、醍醐天皇の皇子・宗良親王を合祀し、二柱の神を祀ることとなり、二宮神社と改称されたという。
 

 

井伊谷交差点
現在の井伊谷の中心地です。昔は、この辺りは、田んぼか森だったのでしょう。

 

商店街通り
井伊谷一番の繁華街です。みそまんを売ってるお店もあります。

 

奥浜名湖の銘菓「みそまん」や直虎グッズを販売するお店があります。

 

二股城(ふたまたじょう)
ここは、井伊谷から少し離れて場所になります。
二俣城の戦いは、1572(元亀3)年、武田信玄軍と徳川家康軍による遠江北部の二俣城攻防戦である。

 

山頂にお城跡(石垣)があります

 

二股城地図:浜松市天竜区二俣町
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おんな城主直虎ゆかりの史跡」カテゴリの記事

コメント

めりいさん
訪問とコメントありがとうございました。

二股城は、これからドラマに出てくる場所で、どんなに
描かれるのか楽しみです。
山の上にあるので、登るのは断念しましたが、
昔の人は、毎日、これくらい平気で上り下りして
いたのでしょう。

昔の人は強かった。

二俣城は、信玄と家康が激しい攻防を繰り広げた場所だし、また家康の嫡男信康が悲劇の切腹をとげた場所でもあるので、歴史をしのびながら歩くいい城ですね。

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