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2017年3月

2017.03.31

相生市PRブロガーツアー3/3 羅漢の石仏

羅漢の里は相生駅から約10K北に行ったところにあります。
ここは、感状山城跡、羅漢石仏などの史跡や自然公園内にキャンプ場、アスレチック場、創造作業場、刀鍛冶の作業場などファミリーで楽しんでいただける施設があります。


瓜生羅漢の石仏
●この石仏は、作者制作年代は不明ですが、朝鮮の僧:恵便、恵聰一行がここに隠れ住み、後世の人々に仏縁を結ぼうとしてつくったと言われています。
●また、この地域は、建武年間(1334年頃)、赤松氏の居城であった「感状山城からめ手の間道にあたり、戦国武士の霊を弔うための供養仏とも言われています。

二つの説がありますが、どちらとも言えません。


岩窟は、幅7.7M、高さ5M、奥行き4Mの中に石仏が並んでいます。
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釈迦三尊の石仏を中心に十六羅漢が安置されています。


左からの写真
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右からの写真
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(クリック拡大)
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石仏の前に「安産杉」があります
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羅漢石仏に行くには、渓谷の中の谷川をのぼって、石段を登り、巨岩トンネルをくぐりぬけてゆきます。

瓜生羅漢渓(クリック拡大)
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ここにもど根性大根のだいちゃんがいます

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感状山城登り口
今回はお城には、登らず、左の石仏さんへあと150M
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(クリック拡大)
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鍛刀場
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ごっつんこ
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供養塔
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羅漢の里:兵庫県相生市矢野町瓜生字羅漢口28番地



相生PRブロガーツアーの記事は、今回で終わりです。
 
相生が一番盛り上がるのは、5月28日(日)のペーロン祭りです。
ぜひお祭りに参加して相生を楽しんでください。
ペーロン祭りについては こちらから



2017.03.29

相生市PRブロガーツアー2/3 牡蛎食べ放題 お土産 

今回のツアーの目玉は、「牡蛎の食べ放題」です。

 食べ放題のお世話になったお店です
漁師直営の「焼きがき 大豊」さんです。
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播州辺りでは、相生の牡蛎は大ぶりの身で美味しいので有名です。
これ4人で食べきりました。
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相生牡蛎の美味しい秘密は、通常牡蛎は、育てるのに2~3年必要ですが、
相生牡蛎は、1年牡蛎です。その理由は、相生湾に流れ込揖保川と千種川(ちくさかわ)の豊富な栄養分のおかげです。
殻いっぱに身が入り、純白でぷりぷりして、加熱しても縮まず大きな身のままです。味も濃厚で一度食べたらやみつきになります。
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もう空で、追加しました。なんせ「食べ放題」 
うまい!!!  うまい!!!  うまい!!!
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ブロガーツアー一行が食べています。
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こんな値段のようです。
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ここにも「ど根性大ちゃん」登場です
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牡蛎加工場
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お土産は、湊水産さん(兵庫県相生市大島町1番1号)
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こんなお土産をいただきました
「うまいか」:(するめイカのフライ 揚げたてに近いカリカリとした食感と香ばしい風味を楽しめます。)
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焼き牡蛎:大豊

兵庫県相生市相生5133-32




相生市PRブロガーツアー3/3 羅漢の里へ

2017.03.27

相生市PRブロガーツアー1/3 万葉の岬 白龍城

相生市PRブロガーの募集に応募しましたら、当選して、3月18日(土)に行ってきました。
バスは、新大阪ー神戸三宮と廻って姫路駅南口で今回参加のブロガー約20名が終結、いざ出発です。
今回は、相生市をもっと知ってもらうために、参加したブロガーが自分のサイトで、相生のいいところを紹介していきます。

このブログは、以下のラインアップで相生を紹介する予定です。
 
タイトル「相生市PRブロガーツアー」
3月27日 万葉岬 白龍城 ど根性大根の大ちゃん
3月29日 牡蛎食べ放題 お土産やさん
3月31日 羅漢の里(石仏) 

 
 
 
相生市は、兵庫県の西南に位置して、西に赤穂浪士で有名な赤穂市があり、東は赤とんぼの歌で有名な龍野市の間に挟まれた人口約3万の静かな街です。
市の周辺は小高い山に覆われた盆地のようになっていて、市の南部には瀬戸内海が深く入り組んだ相生湾があって、先端には万葉の岬がある眺望のよいところです。
 
 

 


最初の訪問地点は、相生湾の東の最先端にある「万葉の岬」です。

 

 

岬に立つと東は明石海峡大橋、南に四国、西に小豆島まで見渡すことができ、千数百年前の風景をとどめて、万葉のこころを伝えています。

 

この岬には、市木である椿が12月~4月にかけて赤、白、ピンクの花が咲きます。

 

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クリック拡大

 

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相生みなとの女王さん
(頭の後ろの板はハートマークになっています)
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訪問した日が「椿祭り」でした。
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  道の駅・海の駅 あいおい白龍城(ペーロンじょう)
露天風呂のある天然温泉、レストラン、特産品販売所などがあって、相生を訪れる方の憩いの場となっています。
問い合わせ先:あいおいアクアポリス☎0791(23)5995
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ペーロン
「白龍(龍船)」の中国音のパイロンがなまったものといわれています。
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 我が国へは1655年に伝来したといわれています。その当時数隻の中国船が長崎港を訪れた際、強風のため出航できなくなったので、海神を慰めて風波を鎮めるためにこの「ペーロン」競漕を港内で行いました。
 これを長崎の人達がとりいれて競漕を行うようになり、長崎の年中行事の一つとなっています。

相生では、1922(大正11)年に長崎県出身者によって伝えられ、 1963(昭和38)年からは「相生ペーロン祭」の海上行事として、ドン!デン!ジャン!と、中国特有の銅らと太鼓の音に合わせて力漕する姿は、まさに龍が水面を駆けるように壮観そのもので、盛大に行われております。

ペーロン祭りが行われる場所、白龍城の前にあります
(クリック拡大)

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あいおいのマスコット:ど根性大根:大ちゃん
2005年8月、道路のアスファルトを突き破って生えてきた大根をど根性だいこんとして市のゆるキャラにしました。
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色んな所に出没します。
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販売所で売られています
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道の駅・海の駅:あいおい白龍城
相生市那波南本町8-55




相生市PRブロガーツアー2/3へ
(牡蛎食べ放題 おみやげ)
 

2017.03.22

千体地蔵(三木市)と昼食:ふく蔵(加西市)

山陽自動車三木東IC近くの大谷川の川沿いの山裾一面に多数のお地蔵さんが置かれており、 年代ははっきりしませんが、室町時代から子宝地蔵として信仰を集めています。

千体地蔵

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クリック拡大
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兵庫県三木市志染町井上





昼食は「ふく蔵」です。

ここは、創業1839(天保19)年の酒造;富久錦の建物をそのまま使ったレストランです。

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天然やきあなご膳 ¥1700(税別)5_r


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兵庫県加西市三口町1048



2017.03.20

インドの法道仙人が開いたお寺(6)    各地

 

法道仙人にちいては、清水寺の平安末期の文章や元亨釈書(げんこうしゃくしょ 鎌倉末期の仏教史書)によると3紀中ごろに紫雲に乗って中国・百済を経て日本に飛来、山並みが蓮の花のように八葉に分れた谷から五色の光を放つ場所を見つけて降り立ったのが法華山(加西市)でした。そして一乗寺を建立してここを起点として兵庫県内を中心に活動し、遠くは鳥取、九州、四国にまで及び約120以上の寺院を開基したと伝わっています。

法道仙人の建立されたお寺は、山奥に多く造られたので、昔のままの姿で残っているものが多く、また、紅葉、桜の名所となっています。


法道仙人については、伝承でしか分からず、来日は、
3世紀中ごろと言われており、お寺の建立は、640~650年代が多く、
最後の開基寺が新善寺(神戸市)が840年で、インドから来日依頼実に600年間に及び、富山、鳥取、九州、四国と広範囲にわたってお寺を建立してきたことになります。


後に開基のわからないお寺が法道仙人伝説を使って、各寺が法道仙人が開基したことにしたのではないかと思われます。

仙人は、多くのお寺を建立したあと天竺(インド)に帰られたと言われています。




法道仙人開基の120寺の一部です
                                                                                                     
 

山号/寺院名

 
 

建立年

 
 

所在地

 
 

金楽山 法楽寺

 
 

642~645年

 
 

神崎郡神河町中村1048

 
 

五峰山 光明寺

 
 

594(古い年代)

 
 

加東市光明寺433

 
 

柏谷山 西林寺

 
 

651

 
 

西脇市坂本455

 
 

鉾礼山 正法寺

 
 

649

 
 

三木市別所町正法寺157

 
 

近江山 近江寺

 
 

646

 
 

神戸市西区押部谷町近江147

 
 

道林山 横蔵寺

 
 

白雉年間650年から654年まで、天皇は孝徳天皇)

 
 

加古川市平岡町新在家900

 
 

野寺山 高蘭寺

 

のでら こうおんじ

 
 

白雉年間

 
 

加古郡稲美町野寺851

 
 

蓬莱山 普光寺

 

ほうらいさんふこうじ

 
 

651

 
 

加西市河内町1449

 
 

竹林山 常勝寺

 

ちくりんじょうしょうじ

 
 

大化年間(最初の元号。西暦645年から650年)

 
 

丹波市山南町谷川2630

 
 

摩耶山 忉利天上寺

 

まやとうりてんじょう

 
 

646年 法道仙人が持参した

 

十一面観音菩薩像6cmあり

 
 

兵庫県神戸市灘区

摩耶山町2-12

 
 

 

新善寺

 
  840 (新しい年代)  

 本堂の南僧尾観音堂  

が残っています

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兵庫県神戸市北区淡河町南僧尾

 
 

六甲山 多聞寺

 

ろっこうさんたもんじ

 
 

645654年

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神戸市北区有野町唐櫃

 
 

打吹山 長谷寺

 

うつぶきやま ちょうこくじ

 
 

721

 
 

鳥取県倉吉市

 
 

耆闍崛山 羅漢寺

 

ぎゃくつせん らかんじ

 
 

645年(大化)

 
 

大分県中津市

 
 

金光山 仙龍寺

 

きんこう せんりゅうじ

 
 

創建不詳

 
 

愛媛県四国中央市

 
 

芹谷山 千光寺    

 
 

703

 
 

富山県砺波市芹谷

 
 
 

2017.03.17

インドの法道仙人が開いたお寺(5)    石嶺寺(兵庫県)

石峯寺(しゃくぶじ)は、寺伝によれば651年(白雉2年)、孝徳天皇の勅願により法道が開山したとされ、延命地蔵と称する地蔵菩薩を本尊とする。747年(天平19年)、行基が薬師堂を建立し、823年(弘仁14年)、嵯峨天皇の勅願により三重塔を建立したと伝えられています。真言宗の寺院で山号は岩嶺山(がんれいさん)。

石峰寺
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(クリック拡大)
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本堂

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(クリック拡大)
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三重塔(823年に建立)
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薬師堂(747年に行基が建立)
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この奥には、徳川将軍のお墓、明石城主や淡河(おうが)城主のお墓があります。右が家光公の墓所

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山門

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場所:兵庫県神戸市北区淡河町神影110-1

2017.03.15

インドの法道仙人が開いたお寺(4)    伽耶院(兵庫県)

伽耶院(がやいん)は兵庫県三木市にある天台系修験道の寺院。山号は大谷山(おおたにさん)。宗派は本山修験宗。本尊は毘沙門天。
古くは大谿寺(だいけいじ)あるいは東一坊(といちぼう)と称していたが、1681年に後西上皇の勅によりインドの仏陀伽耶(ブッダガヤ)に因む寺号、伽耶院(がやいん)と改めた。

 645年(大化元)年、インドの法道仙人によって建立されました。

1578(天正6)年の秀吉三木城攻め、1609(慶長14)年の大火によって建物は全焼しました。現在の建物は、それ以降のものです。
今も体育の日には、200名以上の山伏姿の修験者が集まり、採燈大護摩が行われ、山伏の寺として知られています。


本堂

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伽耶院説明(クリックで拡大)
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本堂と多宝塔
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伽耶院説明(クリックで拡大)
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ご本尊
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護摩道場
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行者堂
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開山堂
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開山堂説明(クリックで拡大)
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二天堂
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二天堂像
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臼稲荷
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臼稲荷説明
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臼を抱いた紅葉の木
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ぽっくりさん

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水子地蔵
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こんな看板がありました
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伽耶院の近くに地元の造り酒屋稲葉酒造(株)があります。

清酒 染櫻 大吟醸    4合瓶(720ml)   3,050円 

好きな方は、寄られたら味見酒ができます。
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場所 兵庫県三木市志染町大谷410 
 

2017.03.13

インドの法道仙人が開いたお寺(3)    清水寺(兵庫県)

清水寺(しみずでら)は、三草山の東にある御獄山(みたけさん 標高552M 兵庫県加東市平木)の山頂にあります。
播州清水寺の開基は、インドからやって来た法道仙人で、天竺(インド)から紫雲に乗ってこの地へやって来たという伝説が残されています。しかも、清水寺を建てたのは、今から
1800年も前、第十二代景行天皇が治められていた時代のことで、歴史に残る仏教伝来(538年、または552年)よりも遥か前とされています。古い時代からの言い伝えですから正しいかどうかは不明です。
※景行天皇(けいこう)は、古事記、日本書紀に書かれていますが、存在がよくわからない天皇です。仮説では、4世紀前半にあたるようで、日本書記によると143歳まで生きられたことになります。

その後、627年に推古天皇の勅願により「根本中堂」が建立され、法道仙人が一刀三礼(刀を一度入れるたびに三度の祈りを捧げること)で彫ったご本尊「十一面観音(秘仏)」が安置されるようになりました。

清水寺の名前は、水に乏しかったこの地で、法道仙人が水神に祈ったところ、霊泉「滾浄水(こんじょうすい)」が湧き出したという伝説から取られています。


このお寺は、源平との縁は深く、大塔は清盛の生母と言われる祇園女御、薬師堂は清盛の養母:池禅尼、阿弥陀堂(現在は建物はありません)は源頼朝が建立したと伝えられています。
寺宝の中に
「弁慶の碁盤」と伝わるものがあります。源氏の軍勢が当寺に立ち寄った時、弁慶が僧と碁をさし、負けたことに腹をたてた弁慶が碁石を碁盤にたたきつけ、碁石がめりこんだと伝わっています。また、西坂中腹には、弁慶が担ぎあげたが力尽きて置いたという「弁慶の力石」があります。


仁王門




(クリック拡大)
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大講堂
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根本中堂(627年に推古天皇が建立)
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大塔跡






薬師堂






鐘楼
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兵庫県加東市社町平木1194

2017.03.11

インドの法道仙人が開いたお寺(2)    朝光寺(兵庫県)

 伝承によると、朝光寺(ちょうこうじ)の創建は飛鳥時代の651(白雉2)年、インドの仙人である法道(ほうどう)が開いたとされています。
日本で最初に開いた寺院である一乗寺に居を構えていた折、東の山に光が昇るのを毎朝見た法道は、その山を訪れ、住吉明神の化身と出会い、そこに寺院を開いたのが朝光寺の始まりであるといわれています。

中世の大規模仏堂が建っていて、それは中世折衷様仏堂の代表例として、国宝に指定されています。 

お寺のある場所は、播磨灘に注ぐ加古川の中流域にそびえる三草山の南の鹿野川(ろくやかわ)沿いの谷間に建っています。この辺りは、平安時代末期の1184(寿永3)年に源義経(よしつね)が平資盛(たいらのすけもり)を夜襲で破った「三草山の戦い」の舞台です。



本堂

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山門

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多宝塔
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鐘楼

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兵庫県加東市社町畑609

2017.03.10

インドの法道仙人が開いたお寺(1)    一乗寺(兵庫県)

一乗寺は、寺伝によれば、インドの仙人である法道(ほうどう)が孝徳天皇の勅願で650年に創建したとされています。 境内は山深く、春は桜、秋は紅葉の名所としても知られています。

法道仙人は雲に乗って、インドから中国、朝鮮を経て日本にやってきたと伝わっており、法道仙人を開基とする寺院は近畿地方(主に兵庫県)に極めて数多く、播磨だけでも60ヶ寺、丹波や摂津を含めると100ヶ寺を越えるといわれています。多くのお寺を造られましたがその最初のお寺が一乗寺です。

※この寺より古い年に建立された法道仙人創建のお寺がありますが、古い時代の言い伝えですので、どれが正しいかは不明です。

 


一乗寺
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(クリック拡大)
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国宝の三重塔

国宝に指定されているおり、1171年建立は平安時代後期を
代表する塔で、日本国内屈指の古塔である。
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本堂

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所在地:兵庫県加西市坂本町821-17
(+をクリック→拡大地図表示)

2017.03.08

琵琶湖 竹生島

竹生島は琵琶湖の北端近くに浮かぶ島で、周囲2キロメートル、面積0.14平方キロメートルほどの小島で、島の周囲は南東部にある船着き場を除いてほとんどが急な断崖になっている。島には宝厳寺と都久夫須麻神社の他にはみやげ物店が数軒あるだけで、信仰の島です。

現在は宝厳寺と都久夫須麻神社という「寺」と「神社」に分かれていますが、このように区別されるようになったのは、明治時代初期の神仏分離令以降のことであり、竹生島では平安時代から近世まで神仏習合の信仰が行われていました。


平家物語7巻「竹生島詣」 
平家が北陸の木曽義仲を倒すために北国へ下向しました。その途中で、平経正(つねまさ)が竹生島に行ったことが記されています。

 ある朝、平経正が、琵琶湖のほとりに出て、遥か沖に見える島を見渡しました。経正は、供をしていた藤兵衛尉有教を呼び、「あれはなんという島だ」と問いました。有教の答えは「あれこそ、うわさに聞こえる竹生島です」。経正は、「そうか、そんなこともあるのか。それなら、いざ参ろう」と、有教、安衛門尉・守教以下の侍6人を連れ、小舟に乗り、竹生島へ行きました。

 時候は、卯月(4月)の18日、新緑の梢はまだ春の名残をとどめ、深い谷のうぐいすの声はなくなろうとしていますが、初音がういういしいホトトギスが今を盛りに声を響かせ、藤の花が松の木にからみつき、たいへん趣のある様子でした。

 経正は急ぎ船から降りて、岸に上がりました。竹生島の景色に触れ、心をつまらせ、声を失いました。

※1184年(寿永3年)のことです
経正は、平敦盛の兄、平清盛の甥にあたる。 琵琶の名手で、平経正の塚とされる琵琶塚( 兵庫県神戸市兵庫区)があります。


竹生島の南東部にある船着き場



長浜のここから船は出ます
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秀吉が造った長浜城が見えます
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竹生島に到着

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船着き場から急な階段を一気に登っていきます



鳥居の下にある案内板





鳥居からまだ急な階段を登っていきます



やっと宝厳寺弁財天にたどり着きました
なかなか見ごたえのある建物です

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宝厳寺
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渡り廊下
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三重塔
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厳島神社




瓦投げ
宮崎鳥居の両脚の間に瓦を投げることができると龍神様が願いをかなえてくださるそうです。瓦2枚で300円です。
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琵琶塚(兵庫県神戸市兵庫区)
琵琶の名手であった平経正の塚

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