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2016.11.06

石田三成史跡4/6 観音寺

石田三成物語3で、三成は修業していた観音寺で、秀吉に会って、三献の茶でその才能を認められた話を書きましたが、今回は、その観音寺についての記事です。

三成人気が出ていますが、それは、大河ドラマ「真田丸」で石田三成を山本耕史(こうじ)さんが演じておられ、なかなかの好演だからです。そして、演じる心構えを次のように言っておられます。

『三成のイメージは、豊臣政権を支えるために、聡明で冷静に仕事を進めていくイメージですので、端明、明閣で、余計なことは言わず、余計な仕草をしない感情のないロボットのような感じを出すようにしていますが、実は、自分の才能を見つけてくれた秀吉のために、そして、秀吉の死後は、豊臣政権の復権のために最後まで生き抜いていく熱い男を演じ切って行きたい』と言っておられます。

 



三成ポスター

 

佐和山城

1591年、三成31歳の時、佐和山城19万石(近江北部)の大名となった。



観音寺地図

地図

 

板

寺は、770年ころ、伊吹山で創立されました。1347(貞和3)年に現在地に移されました。

鎌倉、室町時代は、この地の領主であった佐々木氏、戦国期には、浅井家、長浜城主時代の羽柴秀吉、江戸時代には、彦根藩井伊氏の所領として、保護されてきました。

 

惣門

惣門

 

惣門を入ると本堂まで一本道です。
左に行くと秀吉に献じたお茶を点てた水が湧き出ている井戸があります。

入口

 

道路

 

階段

 

本堂
本堂

 

薬師堂

 

薬師堂
薬師堂

 

鐘楼
鐘楼

 

惣門の前から、伊吹山が見えます。
伊吹山

 

紫陽花

 

観音寺地図

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歴史史跡」カテゴリの記事

コメント

しずかさん
コメントありがとう。

ポスターは、かっこうよく作りますね。

三成は、この寺で修業して、秀吉に仕え、

後に、西軍の大将として、天下取りをめざしましたが、

人望がなかったのか戦略が未熟だったのか、

豊臣復権はなりませんでした。

豊臣政権になっていたら、今頃は、どうなっていたでしょうか。

この三成のポスターかっこいいですね!

実際はこんな顔ではなかったようですが(^_^;)

こちらの本堂や鐘楼が歴史を感じさせる建物であったのを

憶えています。

シネマさん
コメントありがとう。

あじさいの季節に訪問しました。

月日のすぎるのははやいもんです。

あじさいが、きれい~~~

癒されますね!

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