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2015.03.03

瀬戸内マリンビューの旅 竹原市  日本ウイスキーの父の故郷

三原から広島まで、瀬戸内マリンビューの旅を楽しもうと列車に乗り、まずは、安芸の小京都と言われる竹原に行きました。そこで、おもいがけず、NHK朝ドラ「マッサン」に出てくる主人公:日本のウイスキーの父:竹鶴政孝に出会うことができました。

朝ドラ「マッサン」は、 ニッカウヰスキーの創業者である「日本ウイスキーの父」とも言われている竹鶴政孝氏とリタ夫人の物語です。

 

瀬戸内海マリンビューは、三原~竹原~呉~広島と瀬戸内海の近くを走って、車窓から多島美を楽しめます。

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出発駅:三原は、小早川隆景公の城下町です。
小早川隆景は、毛利元就の3男で、兄弟に同母兄の毛利隆元・吉川元春などがいる。豊臣秀吉の信頼は厚く、事実上毛利家の統率者であった。
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竹鶴政孝氏が広島県竹原の出身であるのを知ったのは、竹原駅を降りた時でした。

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列車を見るとマッサンとリタが描かれていました。

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ドラマは見ていませんが、評判のいいドラマで北海道での出来事かと思っていましたが、原点はここ:竹原にありました。

 

竹原駅
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小京都の古い街並みを見ようと思っていましたが、もう一つ見る楽しみが増えました。まずは、マッサンのことを最初に記事にしました。

 

商店街には、こんな旗が並んでいます。
ドラマを機会にした町おこしです。

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古い街並みの残る一画に資料館があってそこに竹鶴政孝さんの資料を見ることができます。

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1894(明治27)年、竹鶴家の四男五女の三男として生まれる
竹鶴家は、製塩業と酒造業を営んでいました。

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1918(大正7 24歳)年、スコットランドに留学して、ウイスキー造りを学び、そこで出会ったジェシー・ロバータ(リタ)と出会い結婚する。

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1923(大正12 29歳)年、寿屋(サントリー)入社
1934(昭和9 40歳)年、北海道余市に移り、大日本果汁株式会社(ニッカウヰスキー)を創業する

旧制忠海中学の後輩に池田勇人元総理大臣がいました。
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竹鶴政孝氏の略歴(クリック)
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毎晩、ハイニッカのボトルを一本あけ、85歳で死亡

 

竹原市の地図は こちらから

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コメント

シネマさん&しずかさん
訪問とコメントありがとうございました。

シネマさん
TVを録画して見るの便利そうですが、録画したけど
なかなか見れませんね。
外飲み止めて、内飲みに変えて、飲みながらのTV観戦は
いかがですか。

しずかさん
さすが、もう竹原に行かれましたか。
清盛のころなら、マッツサンブームでなかったから、
PRしてもあまり効果なかったのでしょう。
朝ドラ、大河の影響は大きいですね。

竹原街並みネタもっておられるのですね。

あら~懐かしい竹原です!

私は一度「清盛」の時に広島から途中下車して回りました。
が、ほんの1時間の間に見たいところだけ歩いただけで、日本のウイスキーの父の事は知りませんでした。
マッサンは見ていないので・・・(^_^;)
回るテーマが違うと、見るところも変わって来ますね。

三原から広島間の瀬戸内マリンビューは実に美しいですね。

まっさん~毎日録画して観てます!

花嫁のれんも~

他数々のドラマ~

おいつきませんわ

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