もう一つの官兵衛物語(4) 円光寺 キリシタン地蔵
もう一つの官兵衛出生の地は、兵庫県西脇市黒田庄にあります。
姫路市の心光寺(黒田家菩提寺)の古文書には、『小寺官兵衛祐隆は、 播磨国多可郡黒田村の産である。その所の名によって、後に黒田氏に改めて、当城(姫路城)を相続して居城した』とあります。
黒田庄官兵衛史跡図
円光寺跡
黒田家の菩提寺と言われ、播磨黒田氏滅亡とともに廃寺になったようです。はっきりした場所が分かるものはありませんが、江戸時代までは、このあたりにあったと言う伝承があります。現在は、中学校と田んぼになっています。
黒田庄中学
中学の東側
キリシタン地蔵
官兵衛は、キリシタンでした。(イエズス会資料やフロイスの「日本史」に官兵衛に関する記事がいろいろあります。)それから推測するとキリスト教がこの地に伝わってきたとしてもおかしくありません。このキリシタン地蔵は、背中にはっきりと十字の文字が浮彫で掘られています。法名は女性の名で、寛永8年(1711)と書かれており、官兵衛生存の時代から100年以上たったお墓です。この地蔵さんには首がありません、キリシタン禁教令で破壊されたものなのか、今は、頭の所に石が置かれています。
真ん中のお地蔵さんがキリシタン地蔵です
背面にはっきりと十の文字があります
お墓全体の左側 車道から2列目くらいにあります。
風雪にさらされて十字架の印も見えなくなってきています。末永く保存するために囲いをするなどの保護をする必要があると思われます。
本黒田駅
一日上下各9本の電車しか走っていません。
播磨黒田家の資料紹介 西脇市HPはこちらから
黒田庄の地図は こちらから
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merryさん
訪問とコメントありがとうございました。
最優秀賞とは、身に余る光栄なお言葉ありがとう。
この記事は、大河ブログで使ったものをこちらにも使いました。
兵庫ブロガーのときは、黒田庄の官兵衛についてそれほど
くわしくは知りませんでした。
何度も資料読んでるうちに少しわかってきました。
投稿: ラメール | 2014.03.20 02:23
ラ・メールさんの兵庫ブロガー担当地域が播磨だったら、このブログはきっと最優秀賞に輝いと思いますよ。
とても分かりやすくて、行ってみたくなります。
投稿: merry | 2014.03.19 21:08
シネマさん
訪問とコメントありがとうございました。
300年前のお墓です。
キリシタン禁止令などをくぐりぬけて、今に伝わっています。
頭も無くなって、丸い石が載せられています。
法名は女性です。
綺麗な、心優しい方だったのでしょう。
投稿: ラメール | 2014.03.19 11:09
キリシタン地蔵~普通のおじぞうさまと、雰囲気が違いますね~
投稿: シネマ大好き娘 | 2014.03.19 04:19