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2011年7月

2011.07.21

アメリカ東部周遊7日間の旅 感想と美術品

憧れのアメリカ東部(ワシントン、ニューヨーク)を見て回ることができました。
◆ニューヨークでは、世界の繁華街:タイムズスクエアに立ってその雑沓を実感しました。世界女子サッカー決勝でのアメリカの応援がこの場所で行われていました。見た光景がチラチラと写っていました。
◆ワシントンでは、世界の政治を動かしてきた国会議事堂、ホワイトハウス、歴代の有名な大統領の記念碑、アメリカがイギリス植民地から独立した独立記念館、そして、自由と平等のシンボル:自由の鐘と自由の女神。
アメリカを知る上で必要な場所を見学することができました。

そして、今のアメリカがテロと戦っている現実、入国、出国時、美術館入場などのセキュリティチェックの厳しさなどでそれを実感しました。

アメリカは、広い。日本の国土の約25倍あります。アメリカ横断(ニューヨーク~サンフランシスコ間)は約4100K、鹿児島佐多岬~北海道宗谷岬まで、直線距離にして約1880K、対比するとアメリカは日本の2,1倍の距離です。

どこの都市も綺麗に区画されています。ニューヨーク以外は、街はゆったりとつくられていて、緑がおおいです。
ゆったりと言えば、高速道路がこれも幅広く造られていて道路以外の所では木が植えられていて遮断されています。土地が広いのでなんでもゆったりとつくられています。

ゆったりと言えば、お腹が異常に大きい方が結構います。胴回り150cm以上でしょう。そして、そのお腹の空腹を埋めるためにいつも何か食べています。食事も、体が大きいアメリカ人は、日本人の倍は食べるでしょう。サンドイッチの大きいことには驚きました。

アメリカ全土の地図
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今回旅行したのは、アメリカ東部です。地図では、ワシントンDC~ボストンの間です。この間は約700Kで、東京~岡山間くらいの距離です。


アメリカの美術館
今回の旅行では、世界的に有名な美術館訪問が3ヶ所もありました。各ページではあまり紹介していませんでしたので、ここで何点か紹介します。ただ、ほとんど絵画などには興味がないのでどれが有名な絵かわかりませんでした。
どの美術館でも、フラッシュをたかなければ、撮影は自由です。有名な絵がガラスのケースに入れられるでもなく置いてあります。

フィラデルフィア美術館
1階の大壁に飾ってあります
中世の騎士の姿 兜、鎧 刀など多数ありました
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セザンヌとゴッホ
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メトロポリタン美術館
エジプトの遺跡がそのまま展示してありました
中世の騎士団の戦う衣装(これは相当重いでしょう)
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レンブラント
ゴッホ
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ボストン美術館
エジプトファラオ像
ナイアガラの滝
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ルノアール
ゴッホ
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2011.07.20

アメリカ東部周遊7日間の旅 6日・7日目帰国 土産

今日は、帰国の日です。
ボストンからニューヨークのケネディ空港まで又約5時間のバスでの移動です。
朝食は、弁当もって、7時にホテルを出ました。車内朝食をとって、12時過ぎにニューヨークケネディ空港着。昼食は、空港内で簡単に済ませました。

朝食弁当
昼食
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出国時のボディチェックは、本当に厳しい。
まず、登場時に預ける旅行ケースは、鍵をかけてない方がいいらしい。なぜなら、ケースがあやしいと判断されると開けられます。鍵がかかっていると壊してでも開けるようです。壊れた鍵の修理はケース所有者持ちです。ちなみに私のケースは鍵をかけていても大丈夫ですと言われました。
いよいよボディチェックです。機内で飲もうと思っていた水は持ち込み禁止で入口ですてました。ほとんど飲んでないボトルでしたが。そして、チェックゲートを通るのに、ポケットの物をすべてとりだす、上着は脱ぐ、ベルトははずす、そして靴は脱ぐ、その姿でゲートで立って写真とられます。私は、写りが悪かったと再度の撮影をさせられました。911テロがアメリカ国内の飛行機をハイジャックされてテロが起こったからでしょう。
とにかく、アメリカでは、公共の場所に入るには、ボディチェックと持ち物検査が必要です。


ケネディ空港チャイナエアーライン
機内
飛行機は、14:30発ですがなかなか出発しません。待合室で約2時間以上待たされました。とくに理由などの説明はありません。
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出発して2時間くらいで夕食がでました。サバのバター炒め。
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日本に着く2時間前くらいにもう一度食事が出ます。
2回目の食事のとき「洋食??和食??」と聴いてきましたので、洋食とと答えるとさばのバター炒めみたいなのを置いていきました。バターで炒めてあるから洋食だろうと思いましたが外人はサバをこのようにして食べるのかと疑問に思ったので他の人はどんな食事とっているのかと思って隣をみますとハンバーグでした。これが洋食なんだ。又、私の意と違うものを置いていかれた。この航空会社の食事は、CAが適当に置いていくみたいです。味はどちらでも同じようなもんですので。まぁいいか。


関西空港に着いたのが旅行7日目の19時30分ころです。入国審査などで時間が1時間くらいかかり、予約のM社のタクシーは、予定時間を大幅に超過しているので無理だろうと思いましたが、一応、営業所に行くと待っていてくれました。神戸方面の乗車は3名です。順番におろして、家まで行ってくれるのでこれは便利で料金も¥3500と安いです。

22時ころに無事、家に着いて、憧れのアメリカ旅行は終了です。


お土産は、行く前に注文していたチョコレートなどで、アメリカで買ったものはわずかです。知人に配るものは、事前に買っておいた方が便利です。旅行中は、お土産を買う時間はほとんどありませんでした。

定番のチョコレート(約1200円)
ハーバード大学近くの店で買ったハーバードTシャツ(約1800円)
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宇宙局ナサが開発したボールペン(約800円)
宇宙食のアイスクリーム(約400円)
ボールペンは、普通のボールペンでは無重力状態では使えないので、ナサが120億ドル(約1兆円)かけて開発したもので、上向きに置いていても大丈夫、水の中でも書けます、どんな温度でも大丈夫ですとありました。
宇宙食のアイスクリームは、冷たくありません。バニラ、チョコレート、イチゴ味がするクッキーみたいなものが一個入っているだけです。
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2011.07.19

アメリカ東部周遊7日間の旅 5日目午後ボストン観光

昼食のあとクインシーマーケットでチョット自由時間、その後、バスに乗ってボストン観光です。雨は、本降りになってきました。

バスでボストンの街を見ているとなかなか雰囲気のある綺麗な街です。ニューヨークのさわがしさはありません。アメリカがイギリスの植民地から独立しようとした最初の街です。


旧州議事堂
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東側にボストン虐殺地跡があります。1770年、イギリス政府が植民地アメリカに課した印紙税に抵抗した市民にイギリス兵士が発砲して、5人の市民が犠牲になった。それ以降、市民がイギリス政府に決起して、1775年のアメリカ独立戦争に発展していきます。


市立図書館とトリニティ教会
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ボストン美術館
ルーブル、メトロポリタンなどと並ぶ世界有数の美術館です。
浮世絵なども多く展示されていると聴いていましたがこのコーナーは閉鎖中でした。
興味を引いたのがアメリカ絵画です。
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着物姿の夫人
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ナイアガラの滝
バンカーヒルの戦いの絵 1775年6月(アメリカ独立戦争初期)、ボストンに陣地を置くイギリス軍とボストンを包囲したアメリカ大陸軍との戦争の絵です。
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ボストンには有名な大学があります。世界NO1と言われるハーバード大学、トップ10に入るマサチューセッツ工科大学です。ちなみに東大は、トップ10には、チョット届かないとのことです。


ハーバード大学正門
構内に入ることができます。ちょうど休暇中でした。世界一の大学で、卒業生の中には、オバマ大統領、ビルゲイツ(中退してマイクロソフトを立ち上げる)など優秀な人が多数出ています。
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構内には、リスが遊んでいました。
創立者のジョン・ハーバードさん
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ビーコンヒル(Beacon Hill)
ボストンにある高級住宅地で、昔の風情が残っている静かな所です。
最初の最高級分譲住宅と言われて、今でも入居しようとすると3億円くらい必要らしいです。その内の一戸に、「若草物語」(1868年)の著者ルイーザ・メイ・オルコットが住んでいました。
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今夜の夕食は、たら料理です。
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宿泊ホテルはコートヤード マリオット サウスボストンです。
部屋(いままで宿泊したホテルも皆同じ作りです)
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今夜がアメリカ最後の夜です。


2011.07.17

アメリカ東部周遊7日間の旅 5日目午前ボストン行き

観光最後の日です。

朝食は、いつものバイキングスタイルです。
アメリカ人は、朝食にはかならずジュースを飲むようです。
朝食はジュースで始まるのは当然ですよと言わんばかりに半強制みたいに席に着くとかならずジュースを入れにきます。私は、ジュースは嫌いなのでいりません。牛乳とコーヒーでOKですが、今朝も、チョット油断していたらジュース入れられてしまいました。すると、ジュース、牛乳、コーヒーと3杯飲まなければなりません。こんなに飲んでたら、ミニ小錦になりますよ、それでなくてもチョット太り気味でダイエット心がけているのに。
と言うことでアメリカ式朝食の定番メニューを皿に盛りました。
朝食バイキングも4日目となるとあいてきます。とる量も減ってきました。
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今日は、ボストン行きです。ニューヨーク~ボストン間の距離は、約370Kくらいですから、東京~名古屋くらいです、今回はバスでの移動で,約5時間のドライブを楽しみます。

ニューヨーク近くの道路は混んでいますが離れるにしたがってスピードはぐんぐんとあがります。アメリカでは、高速道路は原則無料です。制限速度は100K以上が普通です。それに道路幅が広く、道路の端には木が植えてあり景色を見ながらのドライブはできません。ただひたすら走り、レストエリアでチョット休憩。ドライブインでは、ドリンク、軽食、お土産になるような物やドライブ用品などが売っています。
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レストハウスでアメリカンドッグとコーヒーを買いました。値段は、日本と変わらないです。
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乗車したバス
走っている車の半分が日本車かと思うくらい多いです。ここでも走ってるプリウス。
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13時にボストン到着です。雨が降り始めました。

クインシーマーケットで昼食です。食べたのは、巨大サンドイッチです。
このあたりがボストンの中心地になるのか。市庁舎、ファニュエルホールなどがあります。
クインシーマーケットとは、巨大なショッピングセンター。国際色豊かなレストラン、ブティック、土産ものなどのショップがあります。
ファニュエルホールとは、アメリカ独立戦争発祥の地として有名です。

クインシーマーケット
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ファニュエルホール
雨の中をゆうゆうと歩くアメリカ人
アメリカ人は、傘を持つのがきらいらしいです。傘をさしている人もいますが、多くの人は、濡れるからと急いで雨宿りする様子もなくむしろ雨を楽しんでいるようです。これも、アメリカなんだと日本の習慣との違いを実感しました。

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2011.07.16

アメリカ東部周遊7日間の旅 4日目午後ニューヨーク

自由の女神、メトロポリタン美術館などを周って、午後は自由時間です。
夕方5時に、6番街のヒルトンホテル集合です。約3時間のニューヨーク自由散歩。


ヒルトンは、NYで最大規模のホテルで2000以上の部屋があります。
近くにあるシェラトンホテルは、日本人客の利用が多いところです。
このあたりは、高級ホテルが並んでいます。宿泊の値段は、約3万以上。
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単独行動です。まずは、ニューヨークの中心の5番街を歩いてみました。
ここは、有名ブランドの店が並んでいる通りです。ブランドに縁の無い者には興味は薄いですが、映画の題名「ティファニーで朝食を」の店の前を通ったのでとりあえず写真です。赤の飾り窓が鮮やか、何か有名なブランドの店なんでしょう。
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マクドナルドやケンタッキーフライドチキンの店は、日本と同じで、さすが世界展開しているだけのブランドです。マクドナルドに入って、普通マックとSマックシェイク頼みました。お金の計算がよく分からないので、10ドル出したらお釣りくれました。適当に食べてゴミ箱にポイ捨てです。そして突然、路上でキッスの場面、これもアメリカかと思ったら何かのロケでカメラが回っていました。
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セントパトリック大聖堂
1906年に建てられた全米最大の教会で尖塔の高さは約100Mです。銀座のど真ん中に教会があるようなものです。
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これぞニューヨーク タイムズスクエア
40以上の劇場で世界中から注目されているミュージカルが上演されています。中心地は、タイムズスクエアと呼ばれ、昔、ニューヨークタイムズの本社がありました。世界の十字路と言われ、この雑沓こそニューヨークです。
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ブロードウエイ通り
突然のパフォーマンス
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ブロードウエイ通りの大画面に私が写っています
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今夜は、オプションで夕食は寿司、そのあとはニューヨークの夜景見物です。


バスでの移動ですのでどこへ行ったのかわかりませんが、寿司屋さんです。陽気な南米系の店員さんが日本語で応対してくれます。経営者は、日本人のようです。スシ、テンプーラ、サシミは、アメリカでも人気のようで、客はツアーの私たち日本人以外は、全部外人です。けっこうはやっている印象を受けました。久しぶりの日本食は美味しかったです。
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食事のあとはトップオブザロックからの夜景見物です。
ロックフェラーセンターのGEビル展望台(259M)から摩天楼のならんだニューヨークの夜景は見ごたえがあります。ニューヨーク高層ビルの代名詞エンパイヤステートビル(443M)が見えます。これらのビルは、1930年代に建設されたのですから驚きです。
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GEビル
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高層の建物も沢山できてきました。東京スカイツリーが今年3月に完成634M。ドバイには、828Mのビルが完成するようです。ニューヨークの摩天楼もはるか下になります。さすがオイルマネー。

宿泊ホテルは、昨夜と同じティーネック マリオット アット グレンポイント ホテルです。


2011.07.14

アメリカ東部周遊7日間の旅 4日目午前自由の女神

いよいよニューヨーク見物の日です。

朝食は、いつものバイキングです。


ニューヨークは、マンハッタン島にありますと聴いていましたが、
そこに実際に足を踏み入れました。
世界一の繁華街であり、アメリカの顔です。


ますは、自由の女神見物です。
バッテリー・パーク船乗り場でのボディチェックは相当厳しいです。
15分の船旅でリバティ島へ。


自由の女神
自由と正義のアメリカのシンボルです。女神の大きさは約33M、地上からたいまつの先までの高さは約93M。左手にはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とローマ数字で刻印されている銘板を持っている。足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、これを女神が踏みつけている。全ての弾圧、抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴している。女神がかぶっている王冠には7つの突起がある。これは、7つの大陸と7つの海に自由が広がるという意味である。
1886年、アメリカとフランスの友好とアメリカの独立100周年を記念してフランスから寄付されたものです。
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船上からの自由の女神とマンハッタン島
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車内から見た911テロのあったワールドトレードセンター跡地、新しいビルの建設が進んでいます。(グランド・ゼロとも言われており、意味は大爆心地、広島、長崎の原爆の投下地として使われました)2001年9月11日にアメリカで起こった飛行機をハイジャックして、世界貿易センタービル、ペンタゴンなどが襲われた同時多発テロのことです。約3000人弱の人が亡くなりました。
国連本部
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メトロポリタン美術館(世界3大美術館のひとつ)
ゴッホの絵
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ロックフェラーセンター(クリスマスには、大きなツリーが飾られます)
リンカーンセンター(劇場、コンサートホール、芸術学校、図書館などがあります)
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(参考資料:WikiPedia)

2011.07.13

アメリカ東部周遊7日間の旅 3日目午後アムトラックでNYへ

3日目の午前中は、政治の中心地ワシントンを周りました。
午後は、いよいよニューヨークへ向かいます。

昼食は、中華料理です。
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アムトラックでニューヨークへの列車の旅です。(約3時間30分)
アムトラックとは、全米をネットワークする鉄道旅客輸送を運営する会社。

ワシントンユニオン駅と駅前の銅像
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駅構内
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列車と車内
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いよいよ、ニューヨークへの3時間半の列車の旅です。列車からの風景を楽しみながらゆっくりと旅を楽しみます。団体客は、優先的に先に入れますので窓際の席に座りました。そして、3時過ぎに列車は、ワシントンユニオン駅を出発しました。おだやかな旅が楽しめそうな感じでしたが、楽しい列車の旅を台無しにする出来事がまっていました。

車両はほぼ満員状態で、私の隣には、ミニ小錦みたいな黒人のおばさんが座りました。座席は、日本のJRの座席よりは広いですが、ミニ小錦おばさんが座ると私の席の半分くらいまで占領してきます。ミニ小錦おばさんに比べると小柄な私は、窓際に追いやられました。そのおばさん、お菓子をぼりぼり食べながらケイタイで話はじめました。そのうちに終わるだろう、電池が無くなるので終わるだろうと思ったとき、コードを出してきて、「エクスキューズミー」もなく私の前をコードが横切って窓の下にある電源にコードを差し込みました。

え!!!こんなところに電源があるってことは、アメリカでは、ケイタイでの長話は普通のことなのか。もう、30分以上も話していますので私も不機嫌になり隣のおばさんをにらみつけました。すると、おばさんが私の不機嫌になった様子を察したのかケイタイを指さしながらベラベラとしゃべりました。英語がわからない私ですが、雰囲気と単語英語でなんとなく察しがつきます。彼女は、「今、大切な用件で話しているのだ」と言っているように理解しました。ミニ小錦みたいなおばさんに英語で言われると返事ができません。と言うことは、彼女は、私がそのケイタイ話を認めたと思ったのでしょう。お菓子を食べながらのケイタイ話はその後も延々と続きニューヨークに着く15分前で終わりました。

そして、ケイタイをしまい、降りる準備でお菓子の紙袋やいらないものを袋から取り出し、 (そこで又驚きです)、その不用品を「エックスキューズミ」もなく、私の前の網袋の中に入れました。彼女の前の網袋に入れるのが常識でしょう。しかし、彼女の大きなお腹を見ると前の網袋に入れるより、横の私の網袋に入れる方が楽なのです。
そして、楽しいはずの列車の旅は終わりました。ただ、不愉快な気持ちが残っただけでしたが、
ああ、これもアメリカなんだ。そう理解するしかありませんでした。

時刻通りにニューヨークのペンシルベニア駅に到着
ここがニューヨークだ エンパイヤステートビルが見えます
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夕食はサンドイッチ、これがアメリカ人が食べるサンドイッチです。
とにかくでかいしハムの量が半端じゃない。こんなの食べているからミニ小錦
みたいな体になるんだ。ツアーの全員が半分残しました。
左が出てきたサンドイッチ(日本のコッペパンの倍はあります)
そして右が残した残り半分、フライドポテトもこんなにいりません。
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今夜の宿はティーネック マリオット アット グレンポイントです。
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2011.07.10

アメリカ東部周遊7日間の旅 3日目午前ワシントン

朝食は、どのホテルも同じような内容のバイキングです。
こんな食事がアメリカの普通に食べる食事なんでしょう。日本のご飯、味噌汁、お新香、お茶みたいなものなのでしょう。しかし、日本もアメリカスタイルの食事をする家が増えてきています。
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いよいよ、ワシントンDCの観光です。
アメリカ合衆国の首都で、正式名称はDistrict of Columbia(コロンビア特別区)です。ワシントン市とコロンビア領域が統合されてワシントンDCと呼んでいます。


ワシントン市内
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国会議事堂(ここは敷地の中まで入れます)
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ホワイトハウス(よく見る場所からの見学です)
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ワシントン記念塔(塔の先にリンカーン記念館があります)
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ペンタゴン(アメリカ国防総省)とアーリントン国立墓地
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映画「父親たちの星条旗」で見た場面の銅像です。
第二次大戦の勝利を分けた硫黄島の戦い、アメリカが勝利した
シンボル的場面です。
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スミソニアン航空宇宙博物館
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大阪万博でも見た月の石です。
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展示物(宇宙船とゼロ戦)
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はじめて宇宙に行った日本人:秋山豊寛(とよひろ)氏
1990年12月、ソ連宇宙船ソユーズで宇宙に飛び立ちました。
宇宙船に氏のサインがあります。

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2011.07.09

アメリカ東部周遊7日間の旅 2日目フィラデルフィア

朝食は、バイキングスタイルです。美味しかったのでお変わりしました。
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9時、ホテル出発
午前中はフィラデルフィア観光です。
フィラデルフィアと言う名前は知っていますが、どこにあってどんな都市なのかよくしりませんでした。
場所はニューヨークから南へ2時間のところです。

観光のシンボルは独立記念館と自由の鐘です。

独立記念館は、国家誕生の場所で、トマス・ジェファーソンがアメリカ独立宣言を1776年7月4日にここで行いました。1787年には、アメリカ合衆国憲法が制定された場所でもある。
1790年~1800年にフィラデルフィアがアメリカの首都となると、アメリカ合衆国議会議事堂として使用される。「元老院」が二階、「代議院」が一階を議場として使用し「上院」と「下院」という制度ができました。世界遺産に登録されています。
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独立記念館前のワシントン像


自由の鐘は、合衆国の歴史に大きな意義を持つもので、アメリカの独立、並びにアメリカ独立戦争、奴隷制の廃止、女性の投票権、国民の自由を守るなどの最も親しみのあるシンボルです。はじめて鳴らした時に割れてしまい、その割れ目が残されています。
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フィラデルフィア市庁舎で塔の上に立っているのは、フィラデルフィアの創設者ウイリアム・ベンです。
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フィラデルフィア美術館
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美術館前にあるロッキー像です。
人気のポイントで一緒にカメラに収まるために行列ができています
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昼食はステーキで昼に食べるにはチョット重すぎます。
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昼食後、バスで240K南へ ワシントンDCへ

オプションの古都アレキサンドリア・ナイトドライブツアーとイタリア料理の夕食です。


アレキサンドリアは、1732年にタバコ倉庫が建設されたのがこの街の始まりで、港町です。初代アメリカ合衆国大統領ジョージ・ワシントンの住んだ家があることから、「ジョージ・ワシントンの故郷」とも呼ばれる。
現在は、ポトマック川沿いにあって、当時のままの石畳みの道路、レンガ造りの家が並んでいます。ワシントンD.C.郊外の観光地で多くの観光客が来ていました。

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ナイトドライブツアーではリンカーン像の見学に行きました。

Photo
リンカーン記念館

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第16代大統領リンカーン座像(5.6M)

リンカーンの名演説
人民の人民による人民のための政治
272語1449字という極めて短いスピーチであるが、世界中の誰もが知っていると思われるほど有名な言葉です。
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ワシントン記念塔169M(リンカーン記念館から見えます)
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夜の国会議事堂
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今夜のホテルはヒルトン アーリントン タワーズです。
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<参考資料:Wikipedia>

2011.07.08

アメリカ東部周遊7日間の旅 1日目関空からアメリカへ

6歳の夏、川で遊んでいると大人達が大声で叫んでいた、何事かと家に帰ると大人達がラジオの前で泣いていた。それが、第二次大戦の敗戦を告げる玉音放送だったのです。

そして、私の田舎にも進駐軍がやってきて、そしてチョコレートやガム、缶詰などをくれました。いもばっかり食べていたので本当に美味しい、こんなうまいものを食べているアメリカには当然戦争は負けるはと子供心に思いました。

そして、民主主義やアメリカ文化が流れ込んできました。ラジオからはジャズが流れ、コカコーラーが美味しかったです。ジーパンはいた人を見たのは1952(S27)年ころ、えらくかっこう悪いズボンやなぁと思い、これはアメリカ人が労働するときにはくズボンやと教えられました。今では、おしゃれなジーンズとして大人気ですが、私は、はじめの印象がよくなかったので一度もはいたことはありません。
そんな憧れのアメリカに一度は行ってみたいと思っていました。ロスアンジェルスには行ったことはありましたが、やはり憧れのアメリカは、政治の中心地ワシントン、世界一の繁華街ニューヨークのある東海岸です。

70歳を越えてくると体力の衰えで行きたくても行けなくなります。そこで、新聞にH交通社が関西空港から直接ニューヨークに行くツアーを募集しているのを見て早速応募しました。チャイナエアーライン(台湾の航空会社)の関空経由ニューヨーク行きの便です。ツアーの人数は15名、全員がシニア年代の夫婦です。その中で私だけが一人参加でした。

子供のころに行ってみたいと思ったアメリカ旅行の記録です。

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関西空港発12:50 チャイナエアーライン


飛び立って2時間くらい過ぎたところで出てきた機内食です。チキンです。
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台湾人のキャビンアテンダントが英語で聴いてきました。よくわかりませんでしたが食事も2種類あるらしく、チキンと言う言葉だけ分かったので「ノー チキン」と返事しましたら、なにか不機嫌そうな顔して手に持っていた弁当を置いて行きました。開けてみたらチキンでした。これじゃないと言う英語が分かりませんのでだまって食べるしかありません。
 
でも、美味しかったです。

約13時間のフライトで(時差が13時間)、ニューヨーク・ケネディ空港着が同じ日の14時です。時差が13時間ありますのでニューヨークまで1時間で行ったことになります。
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ここがアメリカか。入国審査を受けますがその時の女性審査官が何かぼりぼり食べながら、いろいろと指示し、顔写真と指紋とられます。厳しいわりには応対は雑だなぁ、仕事の時くらい物食べるの止めろよと言いたくなりました。これがアメリカ流なんだ。


ニューヨークに着きそのまま当日の宿泊場所のフィラデルフィアのヒルトン フィラデルフィア エアーポート ホテルに約2時間30分かけてバスで移動。
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無事ホテル着でその日の予定は無事終了。部屋は綺麗です、あとは寝るだけです。
ホテルは、5段階あって今回利用するホテルはA(スーペリア)クラスで下から2番目です。最高級LL(ラグジュアリー)クラスでは、リッツカールトンやペニンシュラです。その代わり旅行代金が2倍ではきかないでしょう。
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<参考資料:Wikipedia>


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