金環日食(兵庫県神戸市)
金環日食で盛り上がっていましたので、メガネを1400円出してコンビニで買って朝7時に起きて、にわか天体愛好家になって観察しました。場所は、神戸です。


うっすらと雲がかかっている状態でしたが、よく見えました。この後は、雲がなくなったのですが、光が強すぎて写りませんでした。
金環日食で盛り上がっていましたので、メガネを1400円出してコンビニで買って朝7時に起きて、にわか天体愛好家になって観察しました。場所は、神戸です。


うっすらと雲がかかっている状態でしたが、よく見えました。この後は、雲がなくなったのですが、光が強すぎて写りませんでした。

神戸空港にきました。けっこう人がいます。
神戸ルミナリエの協賛募金の一環としてルミナリエ宝くじを昨年12月に10枚 2000円で買っていました。1等50万円です。絵を削って揃うと当選ですので、その内に削ろうと思って机の中にほり込んでいたのに気づいて、削ってみました。
お決まりの10枚の中に1枚ある当選200円!!!

また、200円だけかと思ったら特別ルミナリエ賞5000円が当たりました。宝くじでは、30年以上前に1万円が当って以来の高額賞金当選です。

縁起のいい賞金で、3億円狙います。
よく通る道にあるお店で、豆腐料理と言うことで一度は行ってみたいと思っていました。しかし、それほど人が入っていると思われませんでした。
4月某日、たけのこ御飯ランチ¥2600の券が手に入ったので試しに行ってきました。
住所:兵庫県神戸市西区今寺37-6


季節限定「たけのこランチ」です


この間に、何種類かの料理(豆腐、湯葉、たけのこなど)が出ていましたが、
写真はなしです。
最後は、五穀と白米半々のごはん、やさいなどの天ぷらです。

以上、ランチメニューで¥2600
豆腐とたけのこ、ゆばの料理がめずらしく、まぁ美味しかったです。
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店のこだわりは、自然の野菜を使った、身体にいい素材を使っておられます。
店の中は、15名ほどのお客さんでほぼ満員状態、予約して行ったほうがいいですね。
交通機関は、バスくらいですので、車で行くほうが便利です。駐車場あります。
色んな場所から見た東京スカイツリーです。![]()
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吾妻橋から見た東京スカイツリーです。


墨田公園のさくらは満開で、その間から東京スカイツリーが見えます。


墨田公園は、さくらの名所でちょうど満開でした。公園は水戸藩邸があった場所です。
勝海舟もこの近くに住んでおり、銅像があります。

水戸徳川邸跡



勝海舟像(頭の上に鳥がとまっています)


ビルに写った東京スカイツリーの影です。


街を歩いて見た、東京スカイツリーです。

白髭橋から見た東京スカイツリーです。

さくら満開の墨田公園から東京スカイツリー見ました。
(ケイタイから送信しました)
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【追加文】
ケイタイカメラ![]()
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で写した写真をその場でブログに乗せるとどのように表示されるかのテストです。
。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 (ノ_-。)
縦写しでないとこのように表示されます。
有栖川宮熾仁親王(ありすがわたるひとしんのう)が1888年(明治21年)に現在地の舞子柏山(または烏崎(からさき)と呼ばれた)に避暑で来訪。ここからの景勝をいたく気に入った熾仁親王はこの地を買い上げ、その後1893年(明治26年)に別邸の建設を開始した。別邸は1894年(明治27年)に竣工するが、皮肉にも同年暮れに熾仁親王は広島大本営で腸チフスを発症し、この別邸で静養することになる。明けて1895年(明治28年)1月、熾仁親王は舞子別邸で薨去されました。(享年:61歳)
1966年(昭和41年)に神戸市が買収し「市民いこいの家 舞子ビラ」となり、阪神・淡路大震災では既存施設が損壊被害を受け、本館の建設と同時に修繕が進められた。1998年(平成10年)9月に現在の経営体制で再開業した。
有栖川親王は、17歳の時に孝明天皇の妹・和宮親子内親王と婚約したが、公武合体策の一環として和宮親王が将軍・徳川家茂と結婚されることになったため、婚約を辞退されています。1868(慶応4)年、薩長の度重なる挑発に対し幕府軍はついに戦端を開き(鳥羽・伏見の戦い)、ここに戊辰戦争が勃発する。このとき、熾仁親王は自ら東征大総督の職を志願し、就任されました。
新政府軍の総大将として、元の婚約者:和宮親王と対峙し、西南の役では、ともに戦った西郷隆盛とも戦う皮肉な運命にあった方です。
(参考資料:Wikipedia)

山崎豊子さんは、「白い巨塔」の中で、舞子ビラについて次のように書いておられます。
(以下、白い巨塔から)
車は何時の間にか垂水を過ぎ、舞子海岸に入ると、窓の外に淡路島がすぐ目の前に見えた。明石海峡がそこで急に狭まっているためであるらしかった。なだらかな稜線を描いて海に浮いている美しい島影に眼を奪われていると、車は海岸沿いの道から右にそれて、山側に向かって坂道を登って行った。木立が深くなり、陽の光が遮られた鬱蒼とした坂道を登り詰めると、その丘陵の先端に、「舞子ビィラ」と呼ばれる元有栖川宮別邸であったホテルが建っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃあ庭に出よう、松の形が面白いんだ」
・・・・・・・・
紺碧の海が拡がり、海を隔てた真向こうに淡路島が見え、島と海と庭が
渾然と溶け合うような美しさであった。

↑明治時代と↓現在の有栖川邸(舞子ビラ)から見た明石海峡の景色です。

皇太子の青春より


西尾邸は、1919年(大正8)に建てられました。
貿易商だった西尾氏が須磨の高台の須磨離宮公園の西隣に迎賓館として建てました。
1999年(平成11)に神戸有形文化財となり、現在(2012年)は、フランス料理と結婚式場として使われています。建物の一般公開がされていて、地下から屋根裏まで見学することができ、当時のままの姿を見ることができました。

ルアンにて ランチです![]()
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ル・アンは、鸞(らん)と言う鳥の名前で、神霊が鳥に化けたものらしいです。
ル・アンの詳しいことは こちらをクリックしてください
おとなの青春18きっぷの旅編集部: おとなの青春18きっぷの旅 得ワザ&口コミガイド
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