2017.09.22

きんめ鯛定食

1600円です

きんめ鯛定食

甘辛く煮てあったのでちょっと残念、

でも、食べたかった魚です。

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2017.09.19

子午線の通る町 明石市

子午線の通る町  明石市
大蔵海岸ランニングコース中崎公園南

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2017.09.18

子午線の町 明石市  天文科学館

明石市立天文科学館
日本標準時子午線の真上に建設し、1960(昭和35)年6月10日(時の記念日)に開館しました。

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兵庫県明石市人丸町2-6

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2017.09.16

大河ドラマ井伊直虎の史跡(8)    引間城 浜松城 

井伊谷を中心に直虎史跡を紹介してきましたが、浜松で徳川家康を紹介しないわけにはいきませんので、浜松城と引間城を紹介します。

 

引間城
この城は15世紀頃に築城されており、16世紀に入って今川氏の配下となる。1568年(永禄11年)に今川方の拠点であった引間城(ひくまじょう)を攻め落とした徳川家康は、城を大幅に拡大して浜松城と改称しました。現在は、この地に徳川家康を祀る浜松東照宮が建てられています。江戸時代には、東照宮付近に古城として記されています。

 

 

 

徳川家康は、武田軍に三方ヶ原の戦いで敗れ、撤退したのがこの引間城あたりでした。

 

 

右 1551年、初めて武家奉公がかなった頃(16歳)の秀吉公

左 1573年 三方ヶ原合戦時の家康公の雄姿(31歳)

 

 

浜松城
1570(元亀元)年に家康が入城して浜松城と改称して拡張もしました。1586(天正4)年に駿府に拠点を移すまでここに住んでいました。

 

 

  

 

 

天守閣から東を望む

 

 

城内にある家康像
  

 

直虎ちゃんと家康くん

 

天守閣内にある井戸

 

 

鎧掛松(お城の東側にあります)

 

 

浜松城地図

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2017.09.15

子午線の町明石2

明石市役所近くにあります

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2017.09.14

大河ドラマ井伊直虎の史跡(7)     ドラマ館 気賀関所跡  

直虎史跡巡りは、今回が最後です。

直虎という歴史上まったくの無名の人物が大河の主役になるのに不安がありましたが、今回の直虎史跡巡りで、多くの史跡が残っており、大切に保存されているのに驚きました。ドラマでは、龍雲丸という面白い役も登場して、これからの展開がますます楽しみです。

浜松市は、今年の大河ドラマの直虎で大いに盛り上がっていますが、それに便乗して、歴史上では、直虎よりはるかに大きな存在ですが、もうひとつ人気のない徳川家康のPRも同時にやっています。

今回は、大河ドラマ直虎の「大河ドラマ館」と直虎と家康のPR用の「出世の館」を紹介します。

 

大河ドラマ館

井伊家の居館内をイメージしたセットや、出演者の衣装や小道具などが展示されるほか、パノラマシアター、浜松でのロケ地や直虎ゆかりの地を紹介するコーナーなどがあります。

 

ドラマ館入り口です。入り口右側で写真撮影ができます。

 

館内でここだけは、写真撮影OKです。

ドラマのシンボルでもある井戸です

 

 
直親(三浦春馬) 直虎(柴咲コウ) 政次(高橋一世) 

 

ドラマで使われている井伊家屋敷

 

ドラマ館は、ドラマにもよく登場する「気賀」にあります。
浜松市北区細江町気賀369
(天竜浜名湖鉄道「気賀駅」から徒歩1分)

 

直虎さんも色々あります
 

 

浜松出世の館
直虎、家康をよりよく知ってもらうためのスポットで、お土産なども販売しており、休憩場所としても利用できます。

 

浜松市中区旭町37(JR浜松駅より3分) 入場は無料

 

 

黄金の鎧

 

自動販売機も直虎仕様です

 

浜松駅の直虎、家康PRコーナー

 

 

浜松駅北側

 

気賀関所跡
浜名湖の北を通る交通の拠点で北へ行けば井伊谷、南に行けば浜名湖に通じ重要な場所です。NO21「ぬしの名は」の紀行で紹介されています。
このブログでも、5月29日気賀関所、5月31日気賀宿場としてすでにアップされています。

 

 

大河ドラマ館は、気賀関所の隣にあります
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2017.09.12

子午線の町 明石市

東経135度
大日本中央標準時子午線通過地識票
子午線の町  明石市

横に「子午線交番」があります
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明石市天文町2丁目2

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大河ドラマ井伊直虎の史跡(6)    地域センター 二股城

直虎が活躍した井伊谷の中心部の地図です

東西約900m、南北約1000mの範囲内に直虎関連の史跡があります。

直虎は、この範囲内で活躍しました。

 

(直虎パンフレットより)

 

 

地域遺産センター

開館記念特別展「戦国の井伊谷」やジオラマ「井伊谷戦国絵巻」を開催中です

 

直虎のサインのある書類
今川氏の関口氏と連著で徳政令を命ずる内容が書かれています。次郎直虎のサインがある唯一の書類です。

 

幼少期の直虎の許嫁:直親が吹いていた笛



二宮神社
井伊郷を納めていた三宅氏が、その祖神である多道間守を祀った神社だという。
後、醍醐天皇の皇子・宗良親王を合祀し、二柱の神を祀ることとなり、二宮神社と改称されたという。
 

 

井伊谷交差点
現在の井伊谷の中心地です。昔は、この辺りは、田んぼか森だったのでしょう。

 

商店街通り
井伊谷一番の繁華街です。みそまんを売ってるお店もあります。

 

奥浜名湖の銘菓「みそまん」や直虎グッズを販売するお店があります。

 

二股城(ふたまたじょう)
ここは、井伊谷から少し離れて場所になります。
二俣城の戦いは、1572(元亀3)年、武田信玄軍と徳川家康軍による遠江北部の二俣城攻防戦である。

 

山頂にお城跡(石垣)があります

 

二股城地図:浜松市天竜区二俣町
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2017.09.10

大河ドラマ井伊直虎の史跡(5)    井伊家と家臣の屋敷跡

井伊家屋敷跡、家臣の屋敷などもしっかり残っています。
井伊谷自身そんなに広くないので歩いて史跡巡りをすることができます。

 

井伊谷城

 

井伊谷城の麓に館がありました。

 

現在は公民館です

 

 

 

井戸の塚
井伊屋敷の一角にあります
1544(天文13)年、小野道高の告げ口で、今川義元への謀反の疑いをかけられ、井伊直満と弟の直義が殺されました、彼らの墓です。

 

 

 

足切観音堂(あしきりかんのん)

宗良親王が戦の最中に足を負傷し落馬しましたが、怪我はなく代わりに護持仏の片足が血に染まったという伝説があります。

直虎の叔父;井伊直満の屋敷跡とも言われています。

 

観音堂入り口
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小野屋敷跡

 

松下家屋敷跡
松下嘉兵衛は小豪族で頭陀寺城の近隣の領地を支配していました。
井伊直政(虎松)は松下一門の松下清景の養子となり徳川家康公の側近として活躍しました。
豊臣秀吉が木下藤吉郎((14歳~17歳)と名乗っていたころここで奉公していました。

 

 

100m四方ほどの敷地がありました
(現在は第一公園)

 

 

この辺りも松下家の敷地内でした

 

頭陀寺
松下家の屋敷敷地内にあります。もとはお城でした。

 

本堂

 

直政 家康 秀吉像(右から)

 

 

浜松市南区頭陀寺町
松下家屋敷地図
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2017.09.08

明石海峡大橋とはと

明石海峡大橋とはと

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